「子供が練習を乗り越え、ピアノ好きになるために」
〜 導入期 〜
森下富未
練習したくなるサイクル
ピアノを習い始めると不可欠になるのが家庭での練習です。練習はいつも楽とは限りません。気の乗らない日もあるでしょうし、うまく弾けなくて精神的苦痛が伴うこともあります。また、反復練習をこなす忍耐力を要求することは容易ではありません。
しかし、子供というものは興味や関心が持てることには自ずと取り組み、楽しさや喜びを感じるとさらにやる気が喚起されます。
その結果、練習によって得られた成果は自身につながり、また次のステップへと進んでいくことができます。このサイクルをいかに作るかが鍵だと思います。
親子練習による楽しい環境づくり
ピアノのレッスンは通常週に一回程度ですが、家庭での練習は毎日のことです。当然、家庭練習をどう行うかで同じレッスンを受けても大きな差異が生じます。また、子供の音楽性が培われるのは、家庭環境に負うところが大きいことも事実です。そこで家庭で音楽を楽しむ環境をつくることがまず第一と考えました。
幼児期・学童期は、親との関わりが非常に密接な時期です。この時期、親子で過ごす楽しい時間は子供にとって生きていく糧になります。けれども子供たちの周りには一人遊びができるゲームが氾濫し、仕事を持つ親が増加する中で子供と過ごす時間は減少する一方です。
せっかくピアノを始めるのです。親子で楽しめば練習が親子のコミニュケーションの媒体となり、練習が子供のお荷物になるリスクを回避出来るのではと、考えました。
ただ一方的に親が子供に練習課題をさせるという構図は親子バトルを招き”練習嫌い”、”ピアノ嫌い”を作りかねません。そこで思いついた方法が、週に最低一つは親子で一緒にできる課題を出し、親子練習の時間を持つという方法です。これがなかなかの効果を上げています。
はじめはリズム遊びから
最も初歩の段階では、ピアノを弾くために身につけたい”音感”、”リズム感”、”脱力”、”指の独立”、”良い手の形”、”瞬発力”などを育成する手遊びのような課題です。主に音楽之友社「プレピアノランド」から出題していますが、必要に応じてお手玉などの身近な道具を使用したり、オリジナルの動作も加えています。
子供がはじめて音楽に触れたとき、音楽に合わせて体を動かす手遊びのような身体運動は、子供が音楽を感じる第一歩です。子供に向いていて簡単で楽しく、遊び感覚でできます。レッスンでは、まずその手遊びや動作を先生、親子で一緒に行って覚えていただき、その練習によって養われる能力を必ずお伝えするようにしています。
目的をお話しすることによってピアノ演奏法への理解が増し、より熱心に取り組んでいただけます。はじめは苦労していた動作も、一週間後には見違える程スムーズに出来るようになっています。これを毎週繰り返すことで、子供たちは次第に音楽的素養を身に付け、ピアノを弾く体を作り上げていきます。
親子アンサンブルで育つ子供たち
片手が少し弾けるようになった段階では、親子のアンサンブルを導入しています。子供の弾くメロディーに合わせ、簡単なフレーズや伴奏をお母様に弾いていただきます。ピアノ経験のない方でも単音のメロディーや伴奏の低音部だけでしたら可能です。時には先生も加わり三人で演奏します。アンサンブルではブレスやアインザッツ(音楽の始まりの合図)が理解でき、テンポ感・拍子感が身に付く、自分以外の音を聴き音量のバランスや役割を考えながら演奏出来るようになる等の効果があります。
親子一緒に行うリズム遊びは何より楽しいし、アンサンブルでぴったり合ったときの喜びや音の充実感は、ソロとは違った醍醐味があります。子供はこの過程において、小さな練習を積み重ねる大切さを知り音楽を楽しむ心を育みながらピアノ演奏に必要な良い耳、良い手、歌心、基礎的な読譜力などを身に付けていきます。そして、この練習を通して親は学ぶ側の心理を理解し、それは子供への対応に反映されていきます。また、ピアノに向かい四苦八苦し頑張っている親の姿に子供は自分への愛情を感じ、時にはレッスンで緊張している親に対して思いやりの気持ちさえ見せてくれます。
このような過程を通してピアノという未知の楽器にいくらか戸惑いを見せていた子供も、親というパートナーを得て、いつの間にか楽しそうに練習するようになってきます。
※こんな効果も※
余談になりますが、先日あるTV番組の対談で臨床心理学者の河合準雄さんが、興味深いお話をされていました。
”近年、人がキレるという精神状態に陥りやすいのは、親子の関係が希薄になっているため、つまり親子関係がキレているからである”
このお話を伺い、音楽環境づくりのために取り組んできた親子練習の付加価値を、改めて見いだすことができました。